著者の小泉武夫氏は東京農大応用生物科学部教授。農学博士。学術調査を兼ねて辺境を旅し、世界中の珍味、奇食に挑戦している「食の冒険家」でもある。（以上著者プロフィールより抜粋）

著者が評した不味いものは３１件。
「不味い蛇」「不味い虫」「カラスの肉」「シュール・ストレミング」「未去勢牡牛の肉」「ホンオ・フェ」などの見るからに不味そうなものから、蟹、ラーメン、蕎麦、鰻、ビール、イクラ・筋子、カレー、大阪のホテルの水など多岐に亘っている。

「血の匂い」ではモンゴルの「羊の血の腸詰」や、中国の豚血料理の「大腸血豆腐」を食わされた身の毛もよだつ経験と同時に沖縄のヤギ料理を褒めている。その一節をご紹介する。

「その点、沖縄の血料理はそういう不味さを感じさせないのはさすがである。ヒージャー汁はヤギの血も入れるのであるが、こちらの方はヤギの野生の臭みの方が血の臭みを消して、さして気にならなかった。肉と野菜にヤギの血を加えて炒めた『チーイリチー』という料理もさして血の臭いは気にならなかった。この『チーイリチー』という料理は、むしろ豚の血を入れた方が味に深みが出て、実に美味である。」

続いては「不味い鰻」。私の予想通りスーパーで売られている安い養殖の鰻が不味いと批判している。
その中に私が膝をたたいて共感した一節をご紹介する。

「こういう育てられ方をした鰻は、ブロイラーが安いのと同じく、安価に生産されるから、三匹１２５０円也という、魔法の値段になるのだ。しかし、人が物を食べるという行為の中に、腹が減ったからと、ただその欲求を満たすことしかないならば、実に空しいことである。食べることの背景には、味覚にうったえ、美味しいものを味わう喜びという、心の満足もあるのだから、不味いものを大量に食って胃袋を満たすよりも美味しいものを少し食ってその喜びを味わった方がよほど人間的だと思う。」

そして序文を抜粋紹介して「不味い！」の結びとしよう。

「人々が美味しいものを食べたいのは当たり前のことで、不味いものを自らすすんで求める人など居ない。つまり『不味い』という負のそれは『美味しい』という言わば正の食文化に対して、攻撃的にして破壊的、否定的性格を持ったものであり、『不味さ』はそれが故に、常に標的となる宿命を持ったものなのであろう。」

「不味い！」より（イラスト・山科けいすけ）